■「2025年の崖」と病院DXの現在地「2025年の崖」という言葉を耳にしたことはありますか?経済産業省が使ったこの表現は、老朽化したITシステムによって経済的損失が生じ、日本の競争力が大きく損なわれるリスクを示しています。つまり、日本企業にとってDX(デジタルトランスフォーメーション)は避けて通れない課題なのです。2025年6月に独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が公表した「DX動向2025」では、日本・米国・ドイツの現状が比較されています。報告書によると、日本企業のDXは「内向き・部分最適」に偏っていると指摘されました。効率化やコスト削減といった身近な改善には取り組んでいるものの、新しい価値を生み出す挑戦には踏み込めていない、という状況です。この傾向は、病院にも当てはまるのではないでしょうか。日々患者さんに向き合う医師や看護師、事務職員の皆さんは膨大な業務に追われています。そのなかでDXというと、「いつか取り組むべきこと」として後回しになりがちです。しかし、実はこの“内向きの改善”こそが、病院を変革へ導くための大切な一歩になるのです。病院を変革へ導く「病院DXへの3STEP」出所:株式会社日本経営にて作成■ 内向きのDXは土台づくり米国やドイツでは、売上増や新規ビジネスを狙った“攻めのDX”を進めていますが、日本では効率化やコスト削減といった“守りのDX”が中心です。一見すると遅れているように感じられるかもしれませんが、病院においてはまず足元の業務を整えることが何より大切です。たとえば、受付業務のオンライン化、紙カルテの電子化、部署ごとに分断されていたデータの統合といったデジタル化があります。こうした取り組みは大きな変革と違って地味に見えますが、医療従事者の残業を削減し、患者さんと向き合う時間を確保する効果があります。これらはDXを進めるうえでの「基礎体力」といえるでしょう。■ 不満や小さな気づきが出発点病院で働いていると、「この業務はもっと楽にならないかな」と感じる瞬間があると思います。たとえば「同じ患者情報を二度入力している」「書類がやたらと多い」といったケースです。こうした不満や疑問は、改善の出発点となる大切な気づきです。ある病院では、業務改善アンケートを定期的に実施し、各部署の業務工程を書き出してもらう取り組みを行いました。その結果、「この工程は他部署と重複している」「この部分はRPAで置き換えられるのではないか」といった具体的な改善案が生まれています。職員の声を拾い上げる仕組みをつくることで、不満が改善の種に変わり、改善が現場から進んでいくのです。■ 部署の垣根を越えて協力するDXをボトムアップで進めるためには、部署間の協力も欠かせません。ある病院では「業務改善プロジェクト」を立ち上げ、医事課・看護部・検査部などが互いの業務を知る場を設けました。そのなかで「二重入力をなくすにはこのデータを共有すればよい」「この確認作業は看護師ではなく事務が担える」といった改善策が生まれました。このように、部署を越えて意見を出し合うことで、改善は一人ではできないことも実現できるようになります。何より「自分たちで病院を良くしている」という実感が次の挑戦への力となります。■ 成功体験を共有するボトムアップの取り組みを継続するには、小さな成功を全員で共有することも大切です。ある病院では、RPAを導入して自動化した業務を、「業務改善ニュース」として毎月院内ポータルで配信しています。たとえば、「月に30時間の削減ができました」といった成果を発信することで、他部署でも「うちでもやってみよう」という気持ちが生まれています。こうした情報共有は「DXや業務改善は特別なことではなく、日常業務の改善の延長線上にある」と職員に感じてもらうきっかけにもなります。■ 内向きから外向きへこのように内向きの改善を積み重ねると、職員に余裕が生まれます。その余裕は、「患者さんのためにもっとできることはないか」という外向きの発想につながっていきます。たとえば「診療後のフォローを充実させたい」という声が出れば、遠隔診療の検討につながります。さらに、整理されたデータがあればAIによる診断支援や予防医療への活用も可能となります。病院DXのゴールは単なる効率化ではなく、患者さんの体験をより良くすることにあります。■ おわりに病院DXとは、最新のシステムを導入することではありません。現場の職員が不満や気づきを共有し、部署を越えて改善策を考え、成果を全員で分かち合う。その積み重ねが、やがて患者さんの安心や満足へとつながっていきます。完璧を目指す必要はありません。小さな一歩を現場から始めることが、持続可能な病院DXへの一番の近道です。あなたの病院では、現場の声を拾い上げる仕組みは整っていますか。<参考資料>独立行政法人情報処理推進機構 「DX動向2025」(https://www.ipa.go.jp/digital/chousa/dx-trend/tbl5kb0000001mn2-att/dx-trend-2025.pdf)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・奥野香澄(おくのかすみ)/株式会社日本経営 組織人事コンサルティング部《略歴》京都大学医学部人間健康科学科を卒業後、 民間病院グループの基幹病院で臨床検査技師として勤務。その後、システム会社にて上場企業・金融機関のRPA導入などを経て日本経営に入社。病院・介護施設向けRPA導入支援・開発支援、医療情報システム導入支援、業務改善支援に従事している。《保有資格》臨床検査技師、国家試験:情報セキュリティマネジメント試験合格、RPA認定技術者(WinActor)エキスパート、WinActor講師認定初級