1.はじめに日本経営では、病院DX(デジタルトランスフォーメーション)について独自の定義を提案しています。病院DXとは、すなわち「D(デジタルツールの導入)とCX(組織変革)の掛け合わせである」とするものです。この定義において、Dはデジタル、CXは組織変革(Corporate Transformation)を指し、核となるのは「変革(Transformation)」です。病院DXは、患者経験価値(Patient Experience:PX)の向上を成果とし、デジタル化によって組織や業務を変革し、職員の労働負荷を低減することで従業員満足度を高め、最終的に労働生産性の向上を目指すという考え方です(図1参照)。 図1:病院DXと生産性の関係 労働生産性の向上は、患者経験価値の向上に伴う収益増、業務効率化による間接業務負担の軽減、そして職員満足度の向上につながります。つまり、病院DXの真の目的は「患者経験価値」と「従業員満足度(Employee Satisfaction:ES)」を同時に高めることにあります。病院では、単にデジタル製品を導入するだけでなく、組織全体の変革が求められます。たとえば、デジタル技術を活用して人員配置を最適化し、業務効率を向上させることで、患者経験価値を高め、利益構造やビジネスモデルの変革を実現できます。 2.医療DXと病院DXの違い医療DXと病院DXの違いについてまとめます(表1参照)。医療DXは、全国医療情報プラットフォームの整備など、全国規模の医療情報に関するクラウド基盤を整備することで、国民全体の健康増進や質の高い医療サービスの提供、医療機関の業務効率化を目指すものです。一方で、病院DXは、病院内の病院内の業務プロセスをデジタル化して効率化を図り、労働生産性の向上、患者経験価値の向上、利益構造やビジネスモデルの変革を目指すものです。 表1:医療DXと病院DXの比較視点医療DX病院DX定義保健・医療・介護の各段階における情報やデータを、クラウド基盤を通じて最適化・標準化し、国民の健康増進と質の高い医療サービスを提供する施策デジタル技術を活用して組織や業務を変革し、労働生産性向上と患者サービスの向上を目指す病院の取り組み目的国民全体の健康増進、質の高い医療サービスの提供、医療機関の業務効率化労働生産性の向上、患者経験価値の向上、利益構造やビジネスモデルの変革を目指すアプローチデジタル技術を活用して保健・医療・介護の各段階で発生する情報を最適化・標準化デジタル技術を活用し、病院内の業務プロセスをデジタル化して効率化を図り、組織全体の変革を目指す具体例全国医療情報プラットフォームの創設、電子カルテ情報の標準化、診療報酬改定DXRPAやSaaS型サービスを活用した業務プロセスの効率化、電子カルテの導入、業務の最適化と配置の見直し成果健康寿命の延伸、持続可能な社会保障制度、効率的な医療提供体制の確立労働生産性の向上、患者満足度の向上、経営の可視化とデータに基づく意思決定の支援 3. 病院DXで重要な3つの視点病院DXは、主に以下の3つの視点から医療の質や効率の向上を目指しています。3-1.患者経験価値の向上患者経験価値(PX)とは、患者が医療サービスを受ける際に体験する具体的な出来事―医療スタッフとのコミュニケーション、診療やケアのプロセス、施設の環境など―を指します。病院DXは、PXの向上と医療の質の改善を実現し、安全で効率的な医療サービスの提供を目指します。従来の患者満足度調査が主観的な評価に留まるのに対し、PX調査は医療サービスの質や患者個々のニーズを客観的に測定できるため、具体的な改善点が明確になり、より質の高い医療サービスの提供が可能となります(表2参照)。 表2:患者満足度(PS)患者経験価値(PX)の比較 患者満足度(PS)患者経験価値(PX)評価対象患者・利用者の期待と実際のサービスとのギャップ。主にサービスの結果や品質に焦点を当てる。患者・利用者がサービスを受ける際に経験する具体的な事象全般を対象とする。スタッフとのコミュニケーション、治療・ケアのプロセスなどを含む。評価方法非標準化のアンケートなどを用いることが多い。評価が主観的であり、一面的になりがち。標準化された尺度を用い、具体的な経験を多面的に評価。信頼性・妥当性が検証されている。活用メリット総合的な満足度を把握できるが、具体的な改善点の特定が難しい。評価結果が医療・介護の質を正確に反映しない場合がある。具体的な課題の特定が可能であり、質改善への具体的なアプローチがとりやすい。技術的な質指標とも関連性が高い。 3-2 業務改善の推進医療従事者の業務効率化を進め、働きやすい職場環境の整備を図ります。病院DXは単なる業務改善に留まらず、具体的な配置転換や組織構造の変革を伴うアプローチを取ります。たとえば、RPAを活用して定型業務を自動化し、医療従事者がより専門的な業務に集中できる環境を整えることが求められます。また、タスクシフトやタスクシェアの促進により、医師や看護師の負担軽減を図ることで、働きやすい職場環境を実現します。具体的には、看護師が担当していた一部の業務を医療事務スタッフや専門技術者にシフトすることで、看護師の負担を軽減し、専門業務への集中を可能にします。 3-3 経営基盤の強化現代の病院経営では、急激なコスト増への対応が大きな課題となっています。たとえば、令和6年度の最低賃金引上げにより、多くの病院が人件費の増加に直面しています。このような状況下では、経営の透明性とデータに基づく迅速かつ適切な意思決定が不可欠です。病院DXは、コスト構造の変革を通じて経営基盤の強化を図る重要な戦略です。具体的な取り組みは以下の通りです。 経営の透明性向上経営情報をリアルタイムで共有する仕組みを構築し、迅速かつ適切な意思決定を支援します。これにより、経営の透明性と信頼性が向上します。組織構造の変革賃上げに伴うコスト増を吸収するため、間接貢献部門の人員比率を削減し、収益に直結する直接貢献部門への職種転換を推進します。たとえば、事務職員を地域連携部門の渉外担当や、健診部門の企業健診・人間ドックの営業担当に再配置するなどの組織変革を行います。人的リソースの最適化院内にある人的リソースの効率を大幅に向上させるため、デジタル技術やロボットの活用によって業務を自動化し、業務プロセスの最適化を図ります。 4.まとめ病院DXの推進は、病院の生存戦略として非常に重要です。現在、病院は利益率が低下しており、「2024年度 病院経営定期調査」によれば、多くの医療法人や一般病院の医業利益率がマイナスに転じています。原油価格や物価の上昇、さらには就業人口の減少による採用コストの増大への対応が困難な状況下で、病院のコスト構造を抜本的に見直す必要があります。他の産業では、賃上げ分を価格に転嫁できる場合もありますが、診療報酬で価格が制約される医療業界では、デジタル技術やロボットの活用によってコスト構造を改善することが鍵となります。日本経営が提案する病院DXとは、単なるデジタル技術の導入に留まらず、持続可能な医療提供体制の実現を目指す前向きな取り組みです。医療の質や効率の向上を図り、未来の医療を築くためには、デジタル技術の活用に加えて、人材育成や組織変革を一体的に推進することが求められます。 参考文献① 厚生労働省「医療DXについて」https://www.mhlw.go.jp/stf/iryoudx.html② 厚生労働省第1回「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チーム(令和4年9月22日) 資料1「医療DXについて」https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/000992373.pdf③ 一般社団法人 日本病院会、公益社団法人 全日本病院協会、一般社団法人 日本医療法人協会2024年度病院経営定期調査 概要版 -最終報告(集計結果)- 2024年11月16日https://www.hospital.or.jp/pdf/062024111601.pdf 以上