1. はじめに現代の医療は、急速に変化する社会や患者のニーズに対応するための大きな転換点を迎えています。その中でも注目されているのが、DX(デジタルトランスフォーメーション)です。特に「医療DX」と「病院DX」は、医療機関や病院にとって重要な概念となっていますが、両者の目的と取り組み内容は大きく異なることをご存じでしょうか。私たちが提唱する病院DXの核となるのは、DX = D × CXという考え方です。この公式において、「D」はデジタル技術を、「CX」は組織変革(Corporate Transformation)を意味します。デジタル技術を活用するだけではなく、組織全体を見直し、変革を推進することが病院DXの成功の鍵となります。本コラムでは、病院DXを成功に導くための具体的なステップについて解説し、特に重要な「現状把握」と「マイルストーン設定」のポイントを中心に、よくある失敗例やその解決策にも触れながら、読者の皆さまが次の一歩を踏み出すためのヒントをお届けします。 2. 現状把握とマイルストーン設定の重要性病院DXを成功させるためには、まず現状を正確に把握し、目指すべきゴールを明確化することが不可欠です。これにより、現在の課題や問題点を洗い出し、その解決に向けた具体的なステップを計画することが可能となります。(図1を参照のこと)ここで注意したいのは、「DX」という言葉の響きに惑わされ、焦りから誤った方向に進んでしまうことがあるということです。多くの病院が陥る失敗例として、先行事例を参考にシステムやデジタルツールを導入するところから始めてしまうケースがあります。しかし、自院の課題や目標を考慮せずにツールを導入しただけでは、期待した効果を得ることは難しいのです。実際、弊社にご相談いただくケースの多くでも、こうした「先走り」による課題がよく挙がります。たとえば、最新の電子カルテやRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)を導入したものの、自院のスタッフが使いこなせず、逆に業務が混乱してしまった事例があります。このような失敗を防ぐためにも、まずは冷静に現状を把握し、適切なマイルストーンを設定することが重要です。図1 DXの実現に向けたイメージ 3. 病院DXの3つのステップ病院DXを段階的に進めるためには、以下の3つのステップ(表1を参照のこと)を意識する必要があります。それぞれの段階には明確な目的があり、個別の取り組みが求められます。① デジタイゼーション(基盤づくり)デジタイゼーションとは、紙の記録や手作業による業務プロセスをデジタル化することを指します。これは病院DXの第一歩であり、効率化のための基盤を整える重要な段階です。主な取り組み例・電子カルテの導入: 紙カルテから電子カルテへの移行により、情報共有や検索がスムーズに行える環境を構築。・病院情報システム(HIS)の活用: 各部門のデータを一元管理し、より効率的な業務運営を実現。・人事管理システム(例:ERPの人事管理モジュール)の導入: 人事業務や勤怠管理を効率化し、人材マネジメントを最適化。これらの取り組みを通じて、病院内の基本的な情報インフラを構築し、次のステップへの土台を作ることができます。② デジタライゼーション(業務の最適化)デジタライゼーションとは、デジタル技術を活用して、既存の業務プロセスを効率化・最適化する段階です。このステップでは、スタッフが専門業務に集中できる環境を整備します。主な取り組み例・RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)の活用: 定型的な業務を自動化することで、医療スタッフの業務負担を大幅に軽減。・タスクシフトとタスクシェア: 医師や看護師が本来の業務に専念できるよう、事務作業や一部の業務を他職種に移行。・デジタルコミュニケーションツールの導入:チーム間の連携を強化し、よりスムーズな情報共有を実現。これにより、業務効率が向上し、医療スタッフが患者ケアに集中できる体制が整います。③ デジタルトランスフォーメーション(組織全体の変革)最終ステップとなるデジタルトランスフォーメーションでは、病院全体の構造を抜本的に見直し、新たな価値を創出します。この段階では、デジタル技術の導入にとどまらず、組織全体の変革を進める必要があります。主な取り組み例・プロフィットセンター化: 一部の部門を収益源として活用し、経営の持続可能性を向上。・AIやIoTの導入: 診断精度の向上や業務効率化を支援する先進技術を積極的に活用。・多職種協働型組織の構築: 患者中心の医療を実現するため、異なる専門職が連携して治療を提供。たとえば、診療の質向上と効率的な運営を両立するために、専門科を統合したセンター方式を導入する事例も見られます。循環器内科と心臓血管外科を統合した「ハートセンター」や、神経内科と脳神経外科を統合した「脳卒中センター」などがその一例です。このような取り組みは、患者に包括的な治療を提供しつつ、病院全体の効率と成果を向上させます。 表1:デジタル化レベルの違い項目①デジタイゼーション②デジタライゼーション③デジタルトランスフォーメーション定義アナログデータやアナログプロセスをデジタル形式に変換することを指します。例として紙の記録を電子化するなど、デジタル基盤を構築する段階。デジタイゼーションで生成されたデジタルデータを活用し、既存の業務プロセスを改善・効率化することを指します。デジタル技術を駆使し、組織全体を変革し、新しいビジネスモデルや価値を創出する取り組みを指します。対象単一の要素(例: 文書や記録)のデジタル化業務フローや部門レベルでの最適化組織全体での包括的な変革具体例紙カルテから電子カルテへの移行、人事給与データをシステム管理に変更RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)導入、デジタルコミュニケーションツールによる連携強化プロフィットセンター化、AI導入による診断の高度化、ハートセンターや脳卒中センターの設立4. まとめ病院DXは、単なるデジタル技術の導入にとどまらず、現状の正確な把握と段階的な目標設定が成功への鍵となります。焦らず、自院の課題や特性に応じて、最適なステップを一つずつ着実に進めていくことが大切です。また、変革は一日にして成るものではありません。デジタル技術を活用しながら、組織全体の構造やプロセスを見直し、持続可能な医療提供体制を築いていくプロセスこそが、DXの本質と言えるでしょう。 参考文献① 厚生労働省「医療DXについて」https://www.mhlw.go.jp/stf/iryoudx.html② 厚生労働省 第543回中央社会保険医療協議会 総会「医療DXについて(その1)」 https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/001091100.pdf③ 一般社団法人 日本病院会、公益社団法人 全日本病院協会、一般社団法人 日本医療法人協会2024年度病院経営定期調査 概要版 -最終報告(集計結果)- 2024年11月16日 https://www.hospital.or.jp/pdf/062024111601.pdf