「せっかくシステムを導入したのに、あまり活用されていない」そんな話は、病院DXにおいて決して珍しいことではありません。一方で、現場の運用が大きく改善され、費用対効果もしっかりと出ている好事例もあります。何がこの差を生むのでしょうか?私たちは、複数の病院でDX導入の支援を行う中で、「導入前に費用対効果の試算をしていたかどうか」が最も大きな分かれ道になっていると感じています。■試算がないまま進めてしまう場合失敗例の多くは、「そもそも試算をしていないケース」です。「現場が困っているらしい」「便利そうだ」といった漠然とした理由で導入され、結果として“何を改善したいのか”が曖昧なまま、使われなくなってしまうことが少なくありません。良かれと思って他院の導入事例を参考にシステム投資をしたものの、現場からは「使いにくい」と文句を言われてしまった、という話もよく耳にします。どれだけ便利なツールでも、「なぜ導入したのか」が現場に伝わらないままでは、運用する意味を見いだせず、導入時点から定着しにくい構造が生まれてしまいます。■稟議のためだけの試算も危険もう一つ見られるのが、「導入時には試算したものの、その後のモニタリングが行われていないケース」です。この場合、導入初期には目的が定められていても、その後の進捗確認や効果検証が行われず、「入れっぱなし」で終わってしまうパターンが多く見受けられます。導入に関わったメンバーが異動してしまい、何のためのツールかわからなくなってしまったり、購入先からのサポートが終了してしまって不明点を解消する機会がないまま、なんとなく使い続けてしまったり、うまくいかないまま放置しているケースもあります。結果として、試算した内容が活かされず、改善の機会を逃すだけでなく、他部門で同じような失敗を繰り返してしまうリスクも高まります。■成功の鍵は「試算」「検証」「改善」一方、成果を出している病院では、「事前の試算」「導入後の検証」「現場との継続的な連携」の三つを地道に行っています。PDCAに置き換えると、P=試算、D=導入、C=効果検証、A=改善。導入(D)だけに偏っていないか、定期的に振り返ることが大切です。たとえば、「この業務は月に20時間かかっているから、10時間に削減できれば月○万円分の価値がある」、「この作業を削減できれば、職員を○時間別業務に回せる」など、具体的に数字で効果を示すところから始まります。そして、導入後も「残業時間が削減されているか?」、「人員配置を変更しても問題なく業務を推進出来ているか?」などの「導入前に想定した効果が出ているか?」を定期的に確認し、必要に応じてツールの仕様変更や導入そのものの見直しを行います。最初から“必ず使い続ける”という前提にとらわれず、「まずは小規模で試す」「うまくいかなければ撤退する」という柔軟な姿勢が重要です。■現場に近いプロジェクトメンバーの存在成功事例に共通するもう一つの要素が、「現場に近いプロジェクトメンバーの存在」です。単なるシステム管理者ではなく、現場の困りごとを拾い上げる立場の人が関与しているかどうかで、DXの定着度は大きく変わります。「ちょっと使いづらい」「もう少し簡単にならないか」といった日々の小さな声を拾い上げ、ベンダーと改善策を一緒に検討する。そうした姿勢が現場の納得感を生み、「これは自分たちのためのDXだ」と実感してもらえるようになります。このような土台があってこそ、職員が安心して「試してみよう」「活用してみよう」という前向きな空気が生まれます。■DXの成否は、仕組みではなく「活かし方」結局のところ、DXの成功・失敗を分けるのは、ツールそのものの性能ではありません。「何を目的に、どんな成果を期待して導入するのか」という問いに明確に答えられるかどうかが、すべての出発点です。だからこそ、導入前には「費用対効果を試算すること」、導入後には「定期的に効果を検証すること」、そして「現場の声に耳を傾け、改善につなげること」が重要です。この三つのサイクルが回り続けることで、DXは初めて活かされるものになります。おわりに:病院の組織を変革するために私たちは、DXを単なるシステム導入ではなく、組織の変革を起こす手段だと捉えています。導入して終わりではなく、現場とともに振り返り、次の一手を考え続けることが重要です。