構造的賃上げにより産業構造を変革2023年6月16日に「経済財政運営と改革の基本方針2023 加速する新しい資本主義~未来への投資の拡大と構造的賃上げの実現~」、いわゆる「骨太方針2023」が経済財政諮問会議での答申を経て、閣議決定されました。■経済財政運営と改革の基本方針2023https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/honebuto/2023/decision0616.html毎年の骨太方針は、閣議決定という全省庁の合意事項であり重要な意味を持ちます。昨年の骨太方針2022では、医療DX推進の方針が示され、「医療DX推進本部」が設置。同年10月に第1回会合が開催されました。このように骨太方針の記載内容は、内閣として推進していくことになります。今年の骨太方針2023にも「医療DX推進本部において策定した工程表に基づき、医療DXの推進に向けた取組について必要な支援を行いつつ政府を挙げて確実に実現する。」と記載されており、骨太方針2022を引き継いで医療DXを具体化させていくことが明示されています。さて、骨太方針2023のコンセプトは、サブタイトルに記載されているように「~未来への投資の拡大と構造的賃上げの実現~」です。つまり、岸田政権が2023年始より主張している賃上げによる産業構造改革です。特に骨太方針2023では、以下のような記載があります。「最低賃金については、昨年は過去最高の引上げ額となったが、今年は全国加重平均1,000円を達成することを含めて、公労使三者構成の最低賃金審議会で、しっかりと議論を行う。また、地域間格差に関しては、最低賃金の目安額を示すランク数を4つから3つに見直したところであり、今後とも、地域別最低賃金の最高額に対する最低額の比率を引き上げる等、地域間格差の是正を図る。今夏以降は、1,000円達成後の最低賃金引上げの方針についても、新しい資本主義実現会議で議論を行う。」本年度(2023年度)に最低賃金全国加重平均1,000円を達成させ、その後の最低賃金の引上げも進めると記載されています。昨年度(2022年度)の最低賃金全国加重平均は961円です。つまり、各都道府県の最低賃金が2023年度は概ね40円上昇することになります。一昨年度(2021年度)の最低賃金全国加重平均は930円でした。昨年度は過去最高の対前年比31円上昇でしたが、それを10円程度上回る過去最高の最低賃金上昇が見込まれています。骨太方針2023には、マクロ経済運営の基本的考え方として以下のような記載があります。「「新しい資本主義」の実現に向けた構造的賃上げの実現や人への投資、分厚い中間層の形成に向けた取り組みや、GX・DX、スタートアップ推進や新たな産業構造への転換など、官と民が連携した投資の拡大と経済社会改革の実行に向けた基本方針を示す。」まさに構造的賃上げにより産業構造を変革することを目指しています。GX・DX、スタートアップ推進とあるので、企業をイメージした政策のような印象を持ちますが、これは企業だけでなく病院業界においても影響してきます。地域医療構想・医師働き方改革・医師偏在対策病院業界においても、地域医療構想・医師働き方改革・医師偏在対策という三位一体の取り組みにより、病院の再編・統合を含む医療提供体制の構造変革が推進されています。来年度(2024年度(令和6年度))の診療報酬改定でも、高齢者人口の増加という2025年問題から生産年齢人口の急減という2040年問題へ政策の転換が示唆されています。我々の支援現場である多くの病院での肌感覚としても、生産年齢人口減による職員確保困難により事業継続が難しくなり、結果として再編・統合や地域医療連携推進法人の活用など他法人との共生を模索する法人が増えている印象です。ここに最低賃金の引上げを含む、構造的賃上げが加わってきます。2023年度は対前年比で最低賃金が概ね40円程度引き上げられることが示唆されています。例えば、給与を時給換算すると最低賃金額に近い職種・等級の職員については、月160時間(8時間/日×20日/月)とすると6,400円/月程度の昇給が必要になります。これが「構造的賃上げ」として次年度以降も持続することから、こうした人件費の恒常的な上昇を実現できる経営主体への集約化、つまり、病院の再編・統合が推進されることになると思います。地域医療構想・医師の働き方改革・医師偏在対策という三位一体の取り組みや診療報酬改定だけでなく、前述の構造的賃上げに耐えられるコスト構造を実現できる経営主体が、病院経営を持続できる時代に突入したのだと思います。医療DXの推進に関する工程表以前の弊社お役立ち情報で以下のレポートを公開しました。■病院DXは、病院ダイエット?https://nkgr.co.jp/useful/hospital-quality-organization-89389/まさに病院DXは、病院のコスト構造を変革し持続可能な組織へ変革する効果があります。構造的賃上げが進む中、病院DXは待ったなしです。前述したように、今年の骨太方針2023には「医療DX推進本部において策定した工程表に基づき、医療DXの推進に向けた取組について必要な支援を行いつつ政府を挙げて確実に実現する。」と記載されています。この「医療DXの推進に関する工程表」が、2023年6月2日に医療DX推進本部で決定・公開されています。■医療DXの推進に関する工程表https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/iryoudxsuishin/pdf/suisin_kouteihyou.pdfこの中で医療DXは、以下のように定義されています。「医療 DX とは、保健・医療・介護の各段階(疾病の発症予防、受診、診察・治療・薬剤処方、診断書等の作成、申請手続き、診療報酬の請求、医療介護の連携によるケア、地域医療連携、研究開発など)において発生する情報に関し、その全体が最適化された基盤を構築し、活用することを通じて、保健・医療・介護の関係者の業務やシステム、データ保存の外部化・共通化・標準化を図り、国民自身の予防を促進し、より良質な医療やケアを受けられるように、社会や生活の形を変えていくことと定義する。」また、「医療DXの推進に関する工程表」の中で、「医療 DX に関する施策の業務を担う主体を定め、その施策を推進することにより、2030 年度を目途に、以下の5点の実現を目指していく。」として、以下の5点が挙げられています。① 国民の更なる健康増進② 切れ目なくより質の高い医療等の効率的な提供③ 医療機関等の業務効率化④ システム人材等の有効活用⑤ 医療情報の二次利用の環境整備この医療DXのうち、主に③が病院DXの内容です。以前、弊社お役立ち情報の以下のレポートでDXとそれに類似する用語の定義を解説しました。■DXの前のデジタル化(デジタイゼーション・デジタライゼーション)https://nkgr.co.jp/useful/hospital-quality-organization-96721/上記レポートで記載したようにDXは、狭義のデジタル化(デジタイゼーション・デジタライゼーション)の先にある、組織変革によるコスト構造変革を実現し、従来とは異なる事業領域(病床機能転換や新規事業の開始)で患者経験価値(PX)向上などの競争優位性を実現することが求められます。このDXの定義から考えれば、病院DXは病院のコスト構造を変革し、構造的賃上げに耐えられる組織へ変革する一助になると思います。全ての医療機関に導入を目指す標準型電子カルテ「医療DXの推進に関する工程表」には、標準型電子カルテについて以下の記載があります。「標準規格に準拠したクラウドベースの電子カルテ(標準型電子カルテ)の整備を行っていく。具体的には、2023 年度に必要な要件定義等に関する調査研究を行い、2024 年度中に開発に着手し、一部の医療機関での試行的実施を目指す。運用開始の時期については、診療報酬改定 DX における共通算定モジュールとの連携を視野に検討する。電子カルテシステムを未導入の医療機関を含め、電子カルテ情報の共有のために必要な支援策を検討しつつ、遅くとも 2030 年*には概ねすべての医療機関において必要な患者の医療情報を共有するための電子カルテの導入を目指す。*医療機関における電子カルテシステムの更新は、通常 5~7 年で行われる。」このように2024年度から7年程度をかけて全ての医療機関に標準型電子カルテを導入することが意図されています。マイナンバーカードと健康保険証の一体化などとも一体的に医療DXを推進することで、全国の医療機関の情報インフラが変わり、その中で組織変革(コスト構造変革)や患者経験価値(PX)向上を含む病院DXが実現していくものと考えられます。骨太方針2023には、最低賃金全国加重平均1,000円を本年度達成という象徴的なイベントが記載されていますが、本質的には構造的な賃上げによる産業構造の変革が示唆されています。まさに産業変革(IX)が推進されることで、病院を含めた組織・企業は組織変革(CX)が迫られます。その中で、昨年の骨太方針で明記された医療DX推進の背景・文脈があり、デジタル(D)を活かした組織変革(CX)であるDX(DX=D×CX)としての病院DXが求められると思います。