「他部署が何をしているのか、よく分からない」「先生に聞きたいことがあっても、タイミングが合わずに後回しになってしまう」「他職種の意見を聞きたいのに、誰にどう相談すればいいのか分からない」多職種が連携して患者さんを支える病院にとって、こうした“見えない壁”は珍しくありません。組織図も業務も縦割りになりがちな医療現場では、情報が必要なときにすぐ届かない、職種を超えた相談の場がない、といった課題が日常的に発生しています。DXの力を使えば、この“見えない壁”を壊し、情報の一元管理やスムーズなやりとりを実現することができます。たとえば、スマートフォンやチャットツールを使えば、指示が欲しいときにすぐ医師に連絡できたり、看護師からリハビリスタッフへ気軽に相談ができたりする。そんな環境を整えれば「本当の意味でのチーム医療」に近づくことができます。しかし、ここで大切なのは「スマホを導入すればいい」「チャットが使えれば十分」という単純な話ではない、という点です。DXによる連携強化を実現するには、どんな情報をどこに共有するのか、誰がどう活用するのかを丁寧にデザインし、ルールに基づいて運用していくことが欠かせません。出所:株式会社日本経営にて作成■ 情報の“一元管理”がもたらす安心感病院の業務では、患者情報、検査結果、処方、ケアの記録など、膨大なデータが日々生まれています。ところが、情報がシステムごとに分散していたり、紙や口頭の伝達に頼っていたりすると、必要な情報が必要なときに届かないという事態が起こります。一方で、情報のやりとりを一元管理できれば、同じ質問が繰り返されたり、伝言が滞ったりすることを最小限にできます。こうした環境は、職員一人ひとりに安心感をもたらし、余計なストレスを減らします。安心感が高まることは、結果として医療の品質向上にも直結します。■ チャットは便利。でも「場のデザイン」が必要最近は多くの病院で、職員にスマートフォンを配布し、チャットツールを導入する動きが見られます。これ自体は大きな前進ですが、実際に運用してみると「どこに何を書けばいいのか分からない」「重要な情報が雑談に埋もれてしまう」といった課題も生まれます。大切なのは、情報を流す“場”をあらかじめデザインすることです。たとえば、患者ごとの経過や申し送りを扱う「患者単位のルーム」、委員会やカンファレンスの情報を集約する「プロジェクト・委員会ルーム」といった具合に、情報を整理して配置します。さらに、既読確認や返信ルールをあらかじめ決めておくことで、混乱を防ぎ、安心して使える場になります。たとえば、チャットを読んで問題がなければスタンプを送るなど、シンプルなルールも効果的です。つまり、ツールを導入するだけでは「連携」は実現しません。どんな情報をどの場で扱うかを設計し、病院全体でルールを守る仕組みをつくることが欠かせないのです。■ 心理的安全性が連携を後押しする情報共有の仕組みが整っても、「こんなことを聞いたら怒られないだろうか」「自分の意見なんて意味があるのだろうか」と職員が感じてしまえば、活発なやりとりは生まれません。そこで重要になるのが心理的安全性です。心理的安全性が生まれるためには、前提として心理的受容性が必要です。たとえば「こんなことも分からないの?」「もっと早く言えなかったの?」と返される環境では、安心して発言できるはずがありません。相手の立場や状況を理解し、まず受け止める姿勢があってこそ、職員は安心して声を出せるのです。ここで、チャットは心理的安全性を支える有効なツールになります。口頭や電話では相手の都合を気にしてしまい、「今聞いていいのか」と迷うことも少なくありません。電話の受け手も「今は忙しいのに」と苛立ちの感情を表に出してしまうかもしれません。しかしチャットなら、自分のタイミングで送信でき、相手も自分の都合のよいタイミングで確認できます。さらに記録が残るため、「言った/言わない」の不安もなくなります。このように、チャットは心理的受容性を高める環境づくりに貢献します。結果として「ちょっと聞いてみよう」「とりあえず相談してみよう」というやりとりが増え、情報共有がしやすくなり、心理的安全性も高まっていくのです。■ ルールと運用が持続性をつくるDXによる部門間連携を成功させるには、導入時だけでなく、継続的にルールを見直し、改善していく姿勢も欠かせません。ある病院では、チャット導入後に「情報が多すぎて見落としがち」という声が出ました。そこで、定期的にアンケートを取り、チャットルームの整理や通知のルールを調整したところ、利用満足度が大きく改善したといいます。また、運用ルールは形式的に守らせるだけではなく、なぜそのルールが必要なのかを理解してもらうことも重要です。「この手順を守ることで、患者さんに必要な情報が確実に伝わる」と実感できれば、自然と定着していきます。■ まとめ:DXで壁を壊し、本当のチーム医療へDXは、単にスマートフォンやチャットを導入することではありません。大切なのは、情報の一元管理をどうデザインするか、どんなルールで運用するかという仕組みづくりです。部門間の“見えない壁”を壊すことは簡単ではありません。しかし、情報共有の基盤を整え、心理的安全性を高めることで、職員同士が安心して意見を交わし、本当の意味でのチーム医療が実現します。DXは魔法の道具ではありません。けれども「情報をつなぐ仕組み」と「声を出しやすい環境」がそろえば、病院の空気は大きく変わります。あなたの病院では、職種を超えて自由に意見を交わせる場が整っていますか。奥野香澄(おくのかすみ)/株式会社日本経営 組織人事コンサルティング部《略歴》京都大学医学部人間健康科学科を卒業後、民間病院グループの基幹病院で臨床検査技師として勤務。その後、システム会社にて上場企業・金融機関のRPA導入などを経て日本経営に入社。病院・介護施設向けRPA導入支援・開発支援、医療情報システム導入支援、業務改善支援に従事している。《保有資格》臨床検査技師、国家試験:情報セキュリティマネジメント試験合格、RPA認定技術者(WinActor)エキスパート、WinActor講師認定初級